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2005年04月30日
澤田知子という生物兵器、あるいはブサイク
澤田知子という写真家がいる。
しかし彼女を写真家と呼ぶにはかなり無理が生じる。
なぜなら、その作品は写真としての質ではなく、コンセプトのみで評価されているからだ。
澤田知子は、
"外見と内面の関係"をテーマに衣装やメークを様々に変えた扮装姿のセルフポートレート作品で知られる。
主な作品に、400人分の自分を自動証明写真機で撮影した「ID400」、"ガン黒"のコギャルに扮した「cover」、多種多様な職業の制服に身を包んだ「Costume」などがある。

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主な略歴
・2000年 キャノン写真新世紀2000[特別賞受賞]
・2004年 木村伊兵衛写真賞受賞
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がしかし、ちょと待ってくれ。
女性のセルフポートレートで言えば、シンディー・シャーマンがいる。
また数々の芸術家や絵画作品になりきった森村秦昌も忘れてはならない。
写真展「女優Mの物語」において森村は、
女装し、女優を演じ、それをセルフポートレートしている。
また南伸坊の「顔マネ」や清水ミチコの「なりきり」など、
このジャンルには数多くの先人達がいて、
そのどれもが質の高いものとなっている。
ではその中でなぜ澤田知子が、
写真界の「芥川賞」とまで言われる木村伊兵衛写真賞を取ることが出来たのか?
それはあまりに彼女がブサイクであるからだろう。
本当に吐き気がするほどブサイクなその顔を、衆目に晒すその無神経さが評価されたのだ。
はっきりいって作品のレベルは低い。
そして彼女が演じる女性たちはどれも見るに耐えない顔をしている。
芸術の世界、とくにエスタブリッシュな世界では、
そうしたフリークスさが、他の作家との差別化として価値を持つのかもしれない。
まったく馬鹿げている。
『蛇にピアス』で金原ひとみが芥川賞を取ったのとまるで同じ経緯だ。
その作品のレベルの低さには目をつぶり、一時期的な見世物としてメディアは金原を表舞台に立たせた。
澤田もしかり。澤田の場合のメディアとは、特に写真界とアホな学芸員のことだけど。
毎回同じことをしてるだけで、人々が評価し続けるわけないだろうが。
それにしても澤田の顔は、バイオハザードだ!
直視するな! 気をつけろ!

※注 ブサイクとは最大限のホメ言葉であり、決して侮蔑の意味を含んでおりません。
☆代わりにあたしゃ、天才・清水ミチコをもっと評価しる。

右上の仲間由紀恵に注目。
投稿者 coboratory : 2005年04月30日 10:46