スピリアールト ~ 孤独の架橋
雨が降りしきる6月の初旬、東京・京橋にあるブリヂストン美術館へ『レオン・スピリアールト展』を観に出かけた。平日の美術館は静寂に包まれ、訪れている人々もどことなく知性的に見える。
とくにスピリアールトのような神秘性を帯びた作家の場合には、会場の静けさは作品を観賞する上で最も大切な要素だ。
レオン・スピリアールト(1881-1946)は、20世紀初頭のベルギーにおいて、孤独と憂愁に満ちた独自の世界を創り出した画家。どの流派にも属さずに創作をした彼の存在や作品は、生前においては、母国でしか知られていなかった。具象と抽象、現実と夢の入り乱れる独自の世界が、ベルギー国外に広く知られるようになったのは、つい最近、1980年代になってからのことだ。
スピリアールトが、彼の才能を開花させ始めたのは1900年頃のこと。文学や美術界で立ち現れていた象徴主義的な世界を吸収し、フリードリッヒ・ニーチェへの関心などを経て、ナビ派やロートレック、あるいはムンクなど、19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパ美術を独学で追求したスピリアールトは、それまでの美術界のどこにも属さない、独自の絵画世界を作り上げていった。
早熟な画家であったスピリアールトは、その初期の十数年間に、今日注目される特異な才華をほとんど満開なほどに開花させていったとも言えるだろう。その頃のスピリアールトは、暗鬱な自画像を連作し、静物や室内の情景を対象として、目に映る物をすべて神秘的に変容させる表現形式を模索していった。そして女性という変幻自在なイメージを主題にしたスピリアールトは、女という実存する具象を、時には抽象的に形象化しながら、夢とも幻想ともつかないものに変えようと試みた。
また彼は「紙」に対して執拗なほどの愛情を向け、墨、水彩、色鉛筆、パステルなどを用いながら、紙という媒体に、故郷であり、ヨーロッパ有数のリゾート地であるオーステンドの風景や堤防、人々、とくにそこに住む女などを描きながら、誰も見たことのない幻視的な世界を展開させていった。
スピリアールト芸術の特徴をひとことで言えば、ごく平凡な日常風景に自らの孤独や不安を投影し、紙というなんでもない媒体を、謎めいて神秘的なものに変貌させていることだ。それは、見る者をひどく不安にさせながら、同時にそこから離れられなくさせる不思議な魅力に満ちている。さらに彼の作品に見られる墨の濃淡を巧みに採り入れた画面や、単純化された色面による構成は、浮世絵など日本美術からの深い影響を感じさせ、われわれ日本人には、何か懐かしささえ憶えるものとなっている。
スピリアールトの代表作『めまい』は、1908年の作品。画面いっぱいに、巻き貝を思わせる巨大な階段が聳え立っている。上段部分では女が、強風に長い髪を靡かせながら恐る恐る階段を降りている。一歩足を踏み出すのも躊躇われるほど強力な光が、足下の階段を照らし出す。その光のせいで段差の部分は、漆黒の闇のようなコントラストを帯びている。女は圧倒的に孤独だ。誰もいない荒涼に取り残された彼女の不安が痛いほど伝わってくる。われわれはそんな女の行動を少し遠くから眺める形となる。見ているこちらまでもがめまいのしそうな断崖の階段を、いったい彼女はどこへ向かおうとしているのか?
また同年の作品である『堤防の女』においては、堤防に架けられた階段の淵に黒い水着を着けた女が佇んでいる。背中を丸めながら、奇妙に幾何学的な渦を描く波間を見つめて。隣では痩せ細った犬が、女の視線の先を眺めている。夕暮れ、あるいは夜明けを思わせるその薄明の景色の中で、彼らが凝視するのは、果たしてやってくるものなのだろうか? それとも過ぎ去ってしまったものだろうか?
1907年に生み出された『青い鉢』に描かれるのは、ぼんやりとした乳青色のすべらかで平べったい鉢だけだ。画面を覆う濃緑色の地に置かれた鉢は、不自然な傾斜に置かれている。紙の上に、墨の淡彩と水彩、そして色鉛筆だけで描かれたとはとても思えないほど、現実的な色彩を放つ乳青色の鉢が描かれている。ただそこにあるだけなのに、何かを語りかけるみたいにして存在する鉢。月明かりのような淡い光に照らされた鉢はまるで、命を吹き込まれて、空中を彷徨う飛行物体のように蠢いて見えるから不思議だ。
そんなスピリアールトの作品におけるもう一つの特徴は、類い希な先駆性にあると言えるだろう。単純で極端な遠近法を用いた画面構成は、幾何学的抽象絵画を予告していると言われ、また日常的なものを表現しながら、神秘性をも浮かび上がらせる手法は、同国出身のルネ・マグリットを筆頭としたシュルレアリスムへの先駆けとも評価されている。
かつてフランドルと呼ばれたベルギーは、ヨーロッパの十字路とされる交通要所にあって、豊かで恵まれた伝統文化を育んできた。またベルギーは、フランドルと呼ばれた昔から、独自の幻想芸術を輩出してきた王国でもあった。
その特徴は、身近な現実に即した物や景色における「神秘」の追求であり、このことは、19世紀末の象徴派にも今世紀のシュルレアリストたちにも共通して言えることだろう。そういう意味でわれわれは、スピリアールトにも、ポール・デルヴォーやマグリットの幻想絵画に通ずるこの国特有な芸術的解釈である「日常性の仮面をつけた異常」の魅力を感じとるのかもしれない。
フランドル派として知られる数多くの優れた画家を輩出してきた美術の伝統、中でもヒエロニムス・ボスやブリューゲル一家による鋭い心象表現によるフランドル的幻想表現の伝統は、スピリアールトを含めた19世紀以降の画家たちにも脈々と伝えられている。その中にあってスピリアールトは、目の前にある近代という風景を、普遍な精神世界に置きかえ、世紀末の不安や彼の内部に抱えた陰鬱を神秘的画面に満たすことによって、象徴主義と表現主義を結ぶ役割を果たしたとも言えるだろう。
Category : 絵画 |
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