都市伝説
まずは自分の話。実はぼくは二つの大学を出ていて、その一つでは都市社会学を専攻し、主に東京の戦後から現在にかけての若者文化の変遷を勉強していた。この研究をしている人は以外に少なく、自分の通っていた大学では深い所まで学べないと感じた当時のぼくは、東大の先生に直接指導してもらっていたのだ。
今になって思うとそれはずいぶん贅沢な経験だった。その人は衒学にして謙虚で、とても多くのことをぼくに教えてくれた。
最近よく思うのだけれど、インターネットの普及は、自分の中での読書離れを加速させてしまい、それにともなって社会を洞察する視点まで、失いつつあると感じている。確かにネット社会は我々の生活に情報量の量子的飛躍をもたらしたかもしれないが、自分で物事を考え、見えないものを見る視力を確実に奪っていく気がしてならないのだ。件の東大教授は今でもきちんとした仕事をしていて、ブレがない。それに比べて自分は、あちこちに興味や意識が飛んでしまって、実に優柔不断だなあと感じる。かつて一生懸命勉強したことのほとんどを忘れてしまっている。
でもそれはある意味しかたないのだ。その時代その時代にはふさわしいダンスがあって、ぼくらはそのステップを軽やかに踏むことを覚えなければならないのもまた事実なのだから。それが生きるということなのだ。
とは言え、ぼくの中でかつて熱く勉強していた社会学のことが頭の中をよぎることがある。中でも都市伝説についてはことあるごとに、きちんと押さえておきたいと思っている。
そもそも「都市伝説」とは何か? ひとことで言ってしまえば、口承で伝えられる不可思議な現在(もしくは近過去に)起こっている話のことである。
都市伝説という言葉そのものは、1980年代初頭に、アメリカの民俗学者であるジャン・ハロルド・ブルンヴァン(Jan Harold Brunvand)らによって提唱されたものだ。ここで言う都市伝説の「都市」とは、必ずしも都市や都会を意味するものではなく、「都市(urban)」というタームは、長らく語り続けられてきた昔話や伝承(フォークロア)に対しての対比語でしかなく、物語の舞台設定が田舎であっても、それは都市伝説と呼ばれる。
また都市伝説は、口承だけではなく、テレビ・雑誌などのマスメディアや、ブログなどのインターネットを通して広がることもあり、そうした場合の拡がりの速度は計り知れない。
例えばコカ・コーラ社が発売するファンタは、これまでに多種類のフレーバーを発売している。そんな中、かつて「ゴールデンアップル」というフレーバーが存在したか否かという話題がネットを中心に2000年前後に巻き起こり、存在を肯定する側と否定する側に意見が分かれ、論争となった。
論争は長期に及び盛り上がりを見せたのだ。かく言う自分もこの話は本当だとずっと思っていた。なぜなら子どもの頃、確かにゴールデンアップルを良く飲んでいたからだ。自分の経験だから間違いないと確信していたのだが、事実は違った。良く調べてみたら、当時(1975年)、コカ・コーラ社が販売していたのは、ゴールデンアップルではなく、ゴールデングレープなのだ。やがてコカ・コーラ社は「過去に日本国内でそのような製品を販売したことはない。ゴールデングレープならあった」という公式見解を発表した。
このような論争が起こった原因として一説には、「当時、着色料不使用のゴールデングレープが、同時期に発売されていたファンタアップルと色、香り共に似ていたため、混同して記憶していた人が多かったのではないか」というものがある。コカ・コーラ社の公式見解表明以後、論争は沈静化したが、ネットでは「ゴールデンアップル存在説」は半ば都市伝説化している。
東京近郊に住んでいる方なら一度は耳にしたことがあると思われるのが、「カップルで吉祥寺にある井の頭池のボートに乗ると、そのカップルは別れてしまう」という話だ。井の頭池には弁財天が祀られており、女の神である弁財天が仲のよいカップルに嫉妬するためというのが噂の出所らしく、その起源はかなり古い。
これは典型的な都市伝説の一種である。ほとんどの恋人は結婚まで至らずに別れるのだから、それは井の頭池のボートでなくても良いのだが、背景に弁財天の名前を出したとたんに説得力が出てしまう。都市伝説が強度を持つには、そのような裏付けが必要なのだ。
ちなみに、<口裂け女><人面犬><トイレの花子さん>などは、都市伝説ではなく、「現代妖怪」という分類をする学者もいる。ついでに言えば、富士の樹海では方位磁針が正常に動作しないとか、黄色い救急車があるなどの都市伝説は、根も葉もないまったくの嘘だ。
でも人々はこういう変な話を心の何処かで望んでいるのだ。当たり前の日常をひっくり返す隙間を探すのは、とても楽しいことだから。
それでは、次回もまた都市伝説について。
Category : 都市伝説 |
Comments [0] |
Trackbacks [0]



コメントする
(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)